焼夷弾が綺麗だった

先日、第二次世界大戦終戦の日がありました。この時期になると戦争の話を多くするようになります。
一番良く聞くのが”焼夷弾が綺麗だった”です。
空爆地から少し離れたところに居た人はそのように見えたでしょうね。
ある人は戦闘機の機銃掃射を受けた際にコックピットにいた米兵が薄ら笑いを浮かべていた様子を話してくれました。
憲兵隊が偉そうで子供ながらに腹が立った
一杯で入れてくれなかった防空壕が直後に丸焼けになり九死に一生を得た
疎開先で酷いいじめにあった
ともかく食べるものがなかった

たくさん直接聞かせて頂きました。

先人から学びを得ることは有り難いことであり、大切なこと。
戦争は二度と起こしてはならない。当たりまえのこと。
世相がなんとなく”おかしいぞ”と、そのまま戦争に突入した当時から学びを得ないといけません。
近隣の国が軒並み不穏な昨今 ”どう守る” を国民全体で考えねばならない時期なのではないかと思わざるを得ません。

選挙に行かない人が半数程度いるこの国がベストな状態であるとはとても思えません。
正直者が馬鹿をみる・被害者よりも加害者の権利が優先される・貧富の差がどんどん開いていく・派閥覇権争いにほとんどの労力を割く政治家・忖度、黒塗り、詭弁・減額を続ける年金・下がる所得 上がる税負担・もうキリがない。
コロナは国民の分断に成功した。変な言い方でしょうか?
ワクチン、マスクもそうです。
経済vs医療もそうでしょう。

国内不安定のストレスが不穏なご近所に向いてしまうということもあるような気もします。

絶対に戦争になどなるはずがない  とは言い切れない、極めて頼りない政治家の顔ぶれと思うのは私だけではないと思うのですが。

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